(前回は、15歳で住み込みで働き始めたころのエピソードをお話しました)
※前回から続きます。
親方 見て覚えろの世界で、唯一手取り足取り「墨付け」を教わった訳です。
※注記。
墨付けとは、木材に加工のための目印をつけることです。一般には、柱や梁の接合部を複雑に加工する時の墨付けを指します。現在はコンピューター制御で工場で接合部をカット(プレカット)する場合が圧倒的多数であるため、墨付けをする機会は現在の大工には皆無に等しいのです。
※墨付け作業の様子
__のこぎりやカンナといった道具を使うことは教わらずに、墨付けだけを教わるとは興味深いですね。なぜなんでしょうか。
親方 墨付けとは、算数と同じで理論体系だからです。手作業は理屈ではないので見て覚えるしかないのですが、墨付けはそうではない。だから、師匠から算数の授業を教わるみたいに学習しました。
__なるほど。木材を加工して組み立てるにあたり、加工の制度はミリ単位で求められるでしょうから、それを実現するための理論体系があるんですね。
親方 大工の仕事は道具を使って木を切ったり削ったりするというイメージが強いですが、実は理論体系に従う「算数」の仕事も多いんですよ。あと、墨で付けた線のどこを切るかもルールがあります。
__墨の線そのものにも数ミリの幅がありますね。
親方 はい。例えば、材木の端を凹と凸に加工して、組み合わせるときに、凸では墨の線の外側を切って、凹では墨の線の中心を切ります。組み合わせたときに丁度良い具合に接合できるのです。
※材木の接合部の加工の例
__なるほど。それは面白いですね。「丁度良い具合に接合」とお聞きしましたが、接合はどのようにするのでしょうか。
親方 ハンマーでコンコンとたたいて、つないでいきます。たたく回数は、7、5、3の数字のいずれかに決まっています。祝いの数字だからですね。8回以上では加工の仕方が悪い。この場合接合が固すぎる。1年を通して湿度が変化するから材木は収縮します。接合部が固すぎると材木が膨張したときにひびが入りやすくなってしまう。逆に1回たたいただけで入ってしまうと、接合部が弱くなってしまう。
__面白いですね。墨付けや加工の時に、ハンマーをたたく回数まで想定しているのですね。
※上棟作業で材を組んでいます。
親方 そうですね。7、5、3の数字は木の性質、木造建築物の強度、そして縁起を担ぐという日本の文化が凝縮されている一つの事例だと思います。
(次回は、道具についてのお話を伺います。こちらからジャンプします)